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ツーリング日よりの青空の下、吉野山へ向けて出発。
そんな渋滞もしてないし、ぽかぽかと春の陽気。ほんといい季節になってきました。
途中、村の一角で、止まったので「どうしたんだろう?あれ?吉野山ってこの辺?」なんて思ったら、 山田寺跡ということでした。
でも、近くのベンチで近所の人がひなたぼっこをしてたりするし、ゲートボールの広場がある小さな公園みたいに見えた。
そんな一角にある山田寺跡。とりあえず説明の碑を見て、ぐるっとまわってみました。
まわりは、すぐ近くまで家が建っているものの、まだまだ昔の姿が残っているよう。
今は跡しか残っておらず、鳥の鳴き声が絶えず聞こえてくるようなのどかな一角だけど、昔はここでいろんなことがあったんだなぁとなんだか不思議な気持ちがしたのでした。
●山田寺跡
大化の改新で功績のあった蘇我倉山田石川麻呂が、舒明天皇13年(641)に発願、皇極2年(643)に金堂を建立したが、讒言にあって無実の
罪を着せられ、この寺で自害した。
後に疑いが晴れ、孫である後の持統天皇によって祖父を弔うために全ての堂塔を完成させた。
昭和57年12月、法隆寺よりも半世紀も古い日本最古の木造建造物連子窓が、倒壊したままの姿を留めて発掘され、大騒ぎになった。 |
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